誤訳…二次創作

Our services are not directed to individuals under 13.

 誤訳
 この英文は何と言っているのでしょうか?
 実は、リーガル専門の翻訳者とそれ以外の翻訳者では、訳が大きく変わります。

  • 1.私たちのサービスは、13歳未満の個人を対象としていません。
  • 2.私たちのサービスは、13歳以上の個人を対象としています。

 上で挙げた二つの訳例のうち、どれがリーガル専門翻訳者の訳文でしょうか?
 正解は、1がリーガルを専門とする翻訳者の訳文です。
 リーガル以外の分野の翻訳者は、よく2の訳をします(誤訳です)。
 リーガル専門翻訳者の私からすると、次の点がとても不思議です。

  • 原文は、[are not] と否定形ですが、2の訳では、肯定となっています。
  • 原文は、[under 13] ですが、2の訳では、13歳以上となっています。

 一つの原因は、否定は肯定に変換するという技法が一般的だからです。
 否定よりも肯定の方が一般人に受けが良いのだろうという事情が日本にはあるようです。
 しかし、上記2の訳は、原文と等価の訳文にはなっていません。

 原文の論理は、13歳未満の個人は当該サービスの対象外だ、と言っているだけで、13歳以上の個人が当該サービスの対象内となるかについては論理的には何も言っていません。
 たとえば、

注意書1:身長100cm未満の者は、このアトラクションをご利用できません。

との注意書きがある場合、身長が100cm以上であれば、このアトラクションを利用できるでしょうか?
 多くの方は、そうだ、と答えるのではないかと思いますが、論理的にはそうではありません。
 次のような注意書きがあるかもしれません。

注意書2:身長100cm以上、120cm未満の者がこのアトラクションを利用するためには大人と一緒でなければなりません。

 こういった注意書きがあることも考えられます。
 注意書1と注意書2は両立します。注意書1は、注意書2を否定しません。
 要は、

  • 身長100cm未満の者は、大人と一緒であっても、このアトラクションを利用できない。
  • 身長100cm以上、120cm未満の者であれば、大人と一緒ならこのアトラクションを利用できる。

 こういう決まりがあるということです。
 ですので、注意書1を身長100cm以上の者は、このアトラクションをご利用できます。と訳することは誤訳となります。

 ここで、「誤訳」という単語を使いました。「誤訳」とは何でしょうか?
 リーガル翻訳に限って言えば、「誤訳」とは、原文がもたらす法効果に反する翻訳のことをいいます。
 注意書1:「身長100cm未満の者は、このアトラクションをご利用できません。」という原文があったとして、この原文を「身長が100cm以上であれば、このアトラクションを利用できる」と訳したとすると、注意書2と矛盾しますから、この翻訳は原文がもたらす法効果(身長100cm以上であっても、アトラクションを一人では利用できない人がいる)に反し、「誤訳」となります。

 一般的な翻訳者は、どうしても自然な日本語を意識します。
 一般人が読者として想定されているからです。
 しかし、ことリーガルに限ってはそうではありません。
 一般人が読者として想定されていません。法曹(裁判官、検察官、弁護士)が読者として想定されていることが多いといえます(契約書など)。
 法曹を名宛人としています。彼らは、自然な日本語よりも正確な日本語を求めます。
 そもそも、法律関係文書(典型的には条文)の日本語自体、自然な日本語ではありません。

制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。(民法102条本文)

 短いですが、分かりやすいとは言えません。
 なにを言っているかというと、

  • 制限行為能力者が代理人としてした行為は、その代理人が行為能力が制限されているという事情をもって取り消すことはできない。
  • 行為能力の制限「によっては」取り消せない、ということなので、行為能力が制限されていたこと以外の理由(騙されたなど)であれば取り消しはできる。

 この二つのことを言っています。
 「によって”は”」の ”は” がこの文の理解を難しくしています。
 「によっては」で、上の二つのことを言っているので、翻訳する場合に安易に「によって」としてはいけないわけです。
 もし、「によって」とすると、行為能力が制限されていることを理由に取り消しはできない、といっているだけになり、法効果が変わってきます。

 リーガル翻訳では、そもそもの日本語が正確性を極度に重視した不自然ともいえる日本語であるため翻訳において日本語の自然さに意識を向けることがほぼない分野だといえます。
 リーガル翻訳者は、訳文を自然な日本語にすることに警戒心があると言っても過言ではありません。自然な日本語にすることは原文に対する翻訳者の価値判断が混入することを意味するため、翻訳者の価値判断により原文が規定した法効果を否定することになるかもしれないからです。
 リーガル翻訳者であれば、自然な日本語の訳文を目指すよりも、直訳調の訳文を目指します。

 このことは、原文の文構造に忠実であることを意味します。
 原文が受動態であれば、訳文も受動態にする。なぜ、原文が能動態ではなく受動態という文構造にしたのか?そこに原文作成者の意図が反映されていますので原文を正確に翻訳するためには原文の文構造に忠実であることが求められます。
 そういう意味では、正確な英文法で原文を正確に読み解くことは大前提として翻訳者に求められます。
 原文を正確に読み解いた結果、原文構造を忠実に訳文に反映させるのか、原文構造は重視せず自然な日本語を訳文に反映させるのか。

 こう書くと、多くの翻訳者から疑問が投げかけられるだろうと思います。
 直訳調の訳文なんて人間がすることではない、訳文とは翻訳者の創意工夫の成果物であって、直訳で良いというのでは人間の翻訳を不要とする暴論ではないか?

 リーガルを含め特定の専門に特化した翻訳分野では、その分野の表現スタイルが決まっていることがほとんどです。表現の仕方に独創性は求められていません。専門内容をいかに正確に伝えるかが重視されます。そこでの翻訳者の役割は、原文作成者と同程度に専門内容を正確に理解することです。対象分野の知識無くしてその分野を翻訳することはできないわけですから。
 AIが急速に発展した今、人間がAIに呑み込まれてしまうのではないか、と心配する声は日増しに大きくなっているように感じます。ですが、意味を理解するというのは人間の特権です。人間だからこそ意味を理解することができます。AI(ニューラル機械翻訳)がしていることは、膨大な対訳データから、つながりやすい語同士の組合せを統計的パターンとして学習し、その学習に基づき、入力に対して出力しているだけです。つまり、確率的にもっともらしい、それっぽい訳を出力しているだけであって、意味を理解して出力しているわけではないのです。

 専門分野では、これまでになかった何か(新しい概念など)がその分野に持ち込まれます。意味を理解していないと正確な翻訳は無理です。これまでにない概念を確率的にもっともらしく、それっぽく翻訳しても不正確な翻訳になるだけです。
 それだからこそ、意味を理解できる人間の翻訳が求められるのです。

 専門知識がない人は専門分野の文章を理解できません。
 専門家を相手に書かれた専門分野の文章を、正確性を犠牲にして、専門知識がない人でも理解できるような自然な日本語にしたとすると、それは翻訳ではなく、もはや二次創作です。

 翻訳においては、次の点に気を付けなければなりません。

  • 原文の名宛人は誰なのか?原文は誰に向けて書かれたのか?
  • 訳文の名宛人は誰なのか?訳文は誰に向けて書くのか?

 訳文が向けられた相手が専門家である場合と素人である場合とでは訳文の在り方は変わります。

当リーガル翻訳者養成の翻訳学校は、

  • 法務博士(専門職)
  • 特定行政書士
  • JTF翻訳士
  • リーガル専門

の翻訳者である真栄里が講師を務める翻訳学校です(運営は、株式会社 英文契約サポートセンター沖縄)。
小手先ではない、リーガルの本質を理解した一生物の翻訳力をつけたいと願う方向けに当校を開講した次第ですので、リーガル翻訳者になりたいと本気で考える方(既にプロとして活躍されている翻訳者のみならず、これから翻訳者になりたいという方でも本気であれば大丈夫です)のご応募をお待ちしております。

     前回の記事は、「原義から理解 (9) Consideration」です。
     この記事もお読みいただけると幸いです。

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