有罪の証明?無罪の証明?<リーガル翻訳>
法論理に注意
法論理を無視した意訳という名の誤訳に要注意!
It has not proved that Tom murdered Joe. Therefore, not guilty.
刑事裁判での判決文で、上のような文があるとして、どう訳すれば良いのでしょうか?
- 訳1:トムがジョーを殺害したことが証明されていない。それゆえ、無罪。
- 訳2:トムがジョーを殺害していないことが証明された。それゆえ、無罪。
法論理を正確に反映した訳は?
法論理を正確に反映した訳は、
訳1:トムがジョーを殺害したことが証明されていない。
です。
訳2は誤訳になります。
訳2をした翻訳者の思考は、おそらく次のとおりだと思います。
- 文の直訳は、「トムがジョーを殺害したことが証明されていない。」だ。
- ということは、トムはジョーを殺していない。
- トムは無罪が証明されたわけだ。
- だから、訳2:トムがジョーを殺害していないことが証明された。
と訳するのがわかりやすい。
ところが、
この思考は法論理を無視しています。
無罪の法論理
無罪に至る法論理は、次のようになります。
- 無罪推定原則により、被告人の有罪が証明されない限り被告人は無罪となる。
- 無罪には、次の二つの場合が含まれています。
- 被告人が人を殺害していない場合
- 疑わしいけれども被告人が人を殺害したと証明できなかった場合
刑事訴訟法上、「無罪」には、被告人が人を殺害していないことが証明されたという意味まではありません。
あくまでも、
有罪の証明がなされなかったので、「無罪」となっているのです。
こうなるのは、
「疑わしきは被告人の利益に」原則が働いているからです。
疑わしくても、検察が被告人の有罪を証明できない限り、被告人に利益になるように「無罪」とするという法論理を刑事訴訟法は採用してるのです。
つまり、
法論理的には、被告人の有罪を証明できたか否かだけに焦点があたっており、有罪証明ができなかった場合に、被告人が人を殺害していないのかどうかまでは何ら問題としていない(そこに焦点は当たっていない)のです。
法論理と意訳
このような法論理からすると、
訳1:トムがジョーを殺害したことが証明されていない。
には、トムによるジョー殺害が証明されていないことだけに焦点が当たっており、トムによるジョー殺害が証明されなかった場合に、トムがジョーを殺害していない、といえるかどうかにまでは焦点が当たっていません。
ですので、
- 訳1:トムがジョーを殺害したことが証明されていない。
- 訳2:トムがジョーを殺害していないことが証明された。
は同義の訳とはならず、訳2は、原文の法論理を正確に訳に反映させていない誤訳となるのです。
意訳とは、原文の論理を変えないことを前提とすべきですから原文の法論理を正確に訳に反映させていない訳2は意訳になりません。単なる誤訳です。
リーガル翻訳においては、
法論理と意訳・誤訳については最大限の注意が必要です。
法論理に関しては、法論理と翻訳学校をご一読していただけると幸いです。
当校(リーガル翻訳者養成の翻訳学校)は、リーガル専門の翻訳会社(英文契約書作成会社)である株式会社 英文契約サポートセンター沖縄が運営している翻訳学校です。