定訳とはいえ意味を真逆に受け取る可能性も…<リーガル翻訳>No Waiver
リーガル翻訳と権利放棄条項
否定語の射程とリーガル翻訳
- I have no money.
- I do not have money.
この二つの文の正確な意味を理解することがリーガル翻訳にも必要です。
今回は、否定語の射程の問題です。
[no money] vs [not have money]
[no money] は、「少しも〜ない」という思い(主観)が前面に出た表現で、お金のなさを主観的に強調しています。
これに対して、
[not have money] は、[no money]のような主観的な強調がありません。
no moneyはなぜ強調?
では、
なぜ、[no money]がお金のなさを主観的に強調しているのでしょうか?
それは、[no] や[not] という否定語が何を否定しているのか?という否定語の射程に関係しています。
この点、
[no money] では、[no] という否定語が [money] を直接否定しています。
これに対して、
[not have money] では、[not] という否定語は [have] という動詞を否定しているにすぎず、[money] は否定していません。
つまり、
[no money] という表現の場合、[no] が [money] を直接否定しているので、お金がないことが強調される表現となっているのです。
形と意味
翻訳においては、原文の意味を、その論理を含め正確に訳文に反映させる必要があります。
その際に、注意を要するのは、形と意味の関係です。
目に見える形が違えば、必ずそこに意味上の違いがある
D・ボリンジャー「意味と形」(中右実訳)
のです。
見た目の形が違えば、そこには意味の違いがあるので、その意味の違いを訳文にも正確に反映させることがリーガル翻訳では特に求められます。
- I have no money.=少しもお金がない。
- I do not have money.=お金がない。
という訳が原文の正確な訳となります。
そのことを前提に、
[No Waiver] を検討しましょう。
リーガル翻訳と権利放棄条項
定義
まず、定義ですが、
[No Waiver] というリーガル用語には、「権利放棄条項」という定訳があります。
ここで、「権利放棄条項」といっても、権利放棄をする条項ということではありません。
逆で、権利放棄したとはみなされない、ということを規定した条項のことです。
日本語の定訳の文字面に惑わされないでください。
権利放棄条項の狙い
この点、結論から先に言えば、権利放棄条項の狙いは、
権利喪失を避けることにあります。
行使可能な権利があるのに行使しないことが重なると権利を放棄したものとみなされ、当該権利をもはや行使できなくなるという原則(禁反言の原則=エストッペル)が英米法にはあるのですが、この権利放棄条項によって、その禁反言原則の適用を排除し、権利喪失を避けることを狙いとしたのがこの「権利放棄条項」なのです。
No Waiver(権利放棄条項)
[waiver] =権利放棄
ですので、
[No Waiver] で、権利放棄の否定という意味になります。
上の [no money] で検討したように、[no + 名詞] で「少しも〜ない」という主観的な強調を意味するのですから、[No Waiver] は、
少しも(決して)権利放棄にならない
という意味になります。
つまり、
[No Waiver] というのは、権利放棄にならない、ということを強調する表現になっているのです。
そこを正確に押さえておかないと、「権利放棄条項」という日本語に引きずられて原文を誤読してしまう危険がありますので注意が必要です。
前回のブログ
視点の重要性<リーガル翻訳>債権・債務
もご一読いただけると幸いです。
なお、
リーガル翻訳者養成の翻訳学校は、リーガル専門の翻訳会社(英文契約書作成会社)である株式会社 英文契約サポートセンター沖縄が運営している翻訳学校です。
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